大人になるって寂しい

友人たちがブログを始めた。知り合いの文章は読んでいて楽しいし、普段は聞くことのできない話をじっくり聞かせてもらえて、幸せな気持ちになる。

 

その流れに私も乗ってみたくなった。

 

残念ながら、私はスポンジの搾りカスのような脳みそしか持ち合わせていないし、純粋に楽しいと思える内容の記事は書けない。だから、このページを開いてくれた優しいあなたは、ぜひ薄目を開いて見ていってください。

 

今回は「大人になるって寂しい」と感じた話。祖父と祖母が亡くなった時のことが書いてあるので、そういうのが苦手な人は回れ右。

 

 

 

1.何故この話をしようと思ったか

 

私は、小2で祖父を、高2で祖母を亡くした。どちらも母方だ。父方の祖父母とは関わりがないので「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼べる人は私にはいない。ただ、不幸自慢をしたいわけではないので、そのつもりで読んでほしい。

 

祖父のお葬式にも祖母のお葬式にも、もちろん参列した。

7歳で参列したお葬式と17歳で参列したお葬式で感じたものは全くの別物だった。

この気持ちはわざわざ誰かに言うことでもないし、楽しい場で話せるものでもない。それでも、誰かに聞いてほしいと思った。

 

2.小2 祖父が亡くなった

 

7歳の時、祖父が亡くなった。病気だった。入院をして、治療をした。私は母とお見舞いに行って、だんだん弱っていく祖父に少しでも元気になってもらおうと、明るく振舞っていたような気がする。子供ながらに「いつか死んでしまうんだ」と心の準備ができたことを覚えている。

 

ある朝、いつも通りに学校に行った。家に帰ったら「おじいちゃんが死んだ」と告げられた。葬儀場に連れられて、控え室のような部屋で初めて遺体というものを見た。この前まで喋って動いていた人間が、白い服を着て棺桶の中に横たわっていた。怖かった。

生きていてほしいはずなのに「動き出したらどうしよう」と思った気がする。

2歳年上の従姉妹と一緒に祖父への手紙を書いて、棺桶にそっと入れた。

 

葬儀中、私は泣いた。初めて体感する異様な空気が怖かった。本当に祖父とお別れなんだという実感が湧いてきて、悲しかった。

 

誰かが私に「おじいちゃんに触ってもいいのよ」と言った。言われるがまま、私は祖父の額に触れた。冷たくて、硬かった。それが遺体だから硬いのか、もともとそういうものなのか、私には分からなかった。そういえば、祖父の額に触れたのはそれが初めてだった。

 

後日、火葬が行われた。棺桶が炉の中に入っていくのを見送って、待っている間に食事をした。大人たちは、誰も泣かずにお喋りをしながら食事をしていた。そんな大人たちが怖かった。人が焼かれている真っ最中に、普段通りに食事をする大人たちを怖いと思った。悲しそうな素振りを見せない大人が怖かった。

 

火葬が終わって元の場所に行くと、骨が横たわっていた。「おじいちゃんだよ」と誰かに言われるまで、気がつかなかった。さっきまで人間の形を保っていたものが、骨だけになってしまったことが衝撃だった。死んだら骨になると言う事実を目の前で見せつけられて、悲しさと寂しさに襲われた。葬式よりも、こっちで泣いた。

 

長くなってしまったが、これだけ鮮明に記憶に残っているくらい、怖くて、衝撃的で、悲しくて、寂しかったのだ。

 

3.高2 祖母が亡くなった

 

高校2年の冬、祖母が亡くなった。少しずつボケてきて、母がよく様子を見に行っていた頃だった。私は忙し過ぎて行く余裕がなかった。

 

母が祖母の家の扉を開けると、祖母が床に倒れていたらしい。いわゆる、突然死だった。

 

正直、私の生活の中に祖母はほとんど居なかった。だから、亡くなったという知らせを聞いてもあまり悲しいと思わなかった。

 

告別式は部活の公式戦の日に行われることになった。顧問に休む許可をもらった。部活を休めることが嬉しかった。自分はなんて人間なんだ。

 

通夜、告別式、火葬を終えた。一回も泣かなかった。そんな自分が嫌で、自室でこっそり泣いた。人が死んでも悲しむことができない自分が嫌だった。

 

お墓への納骨も済んでから、母は「今死んでくれてよかった」と言った。それを聞いて私は驚かなかった。母は「自分の親がボケていく姿を見たくない」と涙を流した。祖母が亡くなってから初めて流した涙だった。

 

私も母と同じ気持ちだった。

 

3.大人になる

 

祖母の葬式のことをほとんど覚えてない。私に心の余裕がなかったからか、私にとってただの日常の延長に過ぎなかったからかは分からない。思い出そうとしても、思い出せなかった。

 

突然亡くなって、心の準備なんてできていなかったはずなのに、悲しくも寂しくもなかった。自分はこんなにも薄情な人間に育ってしまったのかと、自分にがっかりした。

 

大人になるって寂しい。

 

次に参列するお葬式は父のものだろうか。母のものだろうか。いつか来るその時に、私は悲しむことができるだろうか。そんな寂しさと不安を心の片隅に飼い続けている。

 

 

長くて暗い文章をここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。